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東京高等裁判所 昭和56年(う)485号 判決

被告人 栗原良二

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月及び拘留二〇日に処する。

原審における未決勾留日数中、右拘留の刑期に満つるまでの分を、その刑に算入する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人樋口和博、同小野山宗敬が連名で差し出した控訴趣意書及び弁護人樋口和博が差し出した控訴趣意書(二)に、これに対する答弁は、検察官末永秀夫提出の答弁書にそれぞれ記載してあるとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は、次のように判断する。

一  職権調査

所論に対する判断に先立ち、当審における当事者双方の弁論にかんがみ、職権をもつて、本件控訴申立の範囲について判断するに、本件控訴申立書には、原判決の一部に不服であるから控訴の申立をする旨記載があるだけで、原判決中の不服部分を具体的に特定する記載がないうえに(なお、控訴趣意書には、原判示第二の軽犯罪法違反に関する控訴理由が記載されているだけで、原判示第一の器物毀棄に関する記載がないが、控訴申立の範囲は、控訴申立書自体によつて判定すべきものと解する。)、原判決は、判示第一及び第二の各罪を併合罪とし、被告人を判示第一の罪につき懲役六月(三年間執行猶予)、同第二の罪につき拘留二〇日に処したが、訴訟費用(国選弁護料)は一括して全部被告人に負担させているのであるから、原判決は全体として不可分であり、したがつて、これに対する一部控訴は本来許されないのであるから、本件控訴は全部控訴と解すべきものである。

二  控訴趣意第一点について

所論は、原判示第二軽犯罪法違反に関する事実誤認及び法令適用の誤りを主張するものであつて、要するに、被告人が判示の日時に、判示国電車両内の網棚の上に判示の汚物(新聞紙に載せた人糞)を置いた事実は争わないが、原判決がこの事実をもつて軽犯罪法一条二七号所定の「汚物(中略)を棄てた」ものに該当するものと認定したのは誤りである、と主張し、その理由として、右規定は汚物等をみだりに川や海などに投棄する行為を取締るものであり、本件におけるように他人の衣服などを汚すことを目的として、汚物を電車の網棚に放置するような行為は、右規定の予想していないところである、というのである。

しかし、軽犯罪法一条二七号を所論のごとく狭く解釈すべき理由は毫もないのであつて、被告人の判示所為が同規定の「みだりに(中略)汚物(中略)を棄てた」ことに該当することは明白であり、原判決に所論の事実誤認及び法令適用の誤りはない。論旨はいずれも理由がない。

三  控訴趣意第二点について

所論は、前示軽犯罪法違反に関する量刑不当を主張するものであつて、犯情に照らし、被告人に対しては科料に処するのが相当であり、拘留に処するときは未決勾留日数をその刑期に満つるまで算入すべきである、というのである。

そこで、原審記録を精査して、所論の当否を検討するに、右犯行の事実関係は、原判決の判示するとおりであつて、被告人は、判示の日の午後四時五九分ころ、判示国電大崎駅に停車中の山手線内廻り電車の後部四両目の車両内網棚に新聞紙に載せた人糞を捨て、もつて公共の利益に反し、みだりに汚物を棄てた、というものであつて、犯行の動機、時刻、場所、態様計画性等にかんがみると、犯情はよくなく、原判決が被告人を拘留二〇日(なお、求刑は同二九日)に処したのは、十分理由がある。しかし更に考えるに、未決勾留日数の本刑算入の不当は、刑の量定不当として判断するのを相当とするところ、原審記録によると、被告人は、昭和五五年一一月一五日、右罪の現行犯として逮捕されたが、当時被告人は家出中で定まつた住居を有していなかつたため、同月一八日右罪で勾留され、同月二五日右勾留を同年一二月六日まで延長されたうえ、同月五日右罪と判示第一器物毀棄罪とを合わせて原裁判所に起訴され、同日後者の罪でも勾留され、原審公判開始前である同月一二日保釈で釈放されるまで勾留されていたものであつて、本刑に算入できる未決勾留日数は二五日(うち一七日は軽犯罪法違反罪のみによるもの)であるところ、拘留又は科料にしか当たらない軽犯罪法違反においては、勾留はごく例外的であること、被告人は、現行犯逮捕以来被疑事実のみならず余罪をも自供し、取調べには素直に応じていること等を考えると、原判決が右未決勾留日数中一日もこれを本刑たる拘留刑に算入しなかつたのは、不当であるから、前示一のとおり全体として不可分である原判決は、全部破棄を免れない。論旨はこの限度において理由がある。

四  破棄自判

以上の次第であるから、刑訴法三九七条一項は、三八一条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書により更に次のとおり判決する。

原判決が適法に認定した罪となるべき事実につき、原判決と同様の法令を適用し、同様の刑種の選択、併合罪の処理をし、各所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月及び拘留二〇日に処し、刑法二一条を適用して原審における未決勾留日数中、右拘留の刑期に満つるまでの分を、その刑に算入し、情状により刑法二五条一項を適用して、この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予し、原審における訴訟費用は、刑訴法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 向井哲次郎 山木寛 荒木勝己)

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